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消しゴムBlog

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Ordinary People

普通であることの勇気を持とう

映画「もらとりあむタマ子」の感想 前田敦子が好きならいいかもね。huluで見れるよ。

映画「もらとりあむタマ子」を鑑賞しました。
率直な感想は「何も起こらない映画だけど前田敦子が好きならいいかもね」です。

もらとりあむタマ子 [DVD]

【映画情報】

タイトル:「もらとりあむタマ子
監督:山下敦弘
脚本:向井康介
出演:前田敦子 康すおん
公開:2013年11月
上映時間:78分

 

なぜ見たのか?

前田敦子のファンでもない私が何故この映画を見たのか?という理由は2点あります。
1つは「hulu」の作品リストに入っていたから。
もう1つは監督が「山下敦弘」だったから。

「hulu」はうちの奥さんが海外ドラマ好きなので登録しているのですが、見放題なので、少しでも気になる映画があえば見るようになりました。正直言って映画のタイトルはそんなに品揃えがいいとは言えませんが、ちょっと興味がある程度の映画でも気軽に見れるのは良いですね。
山下敦弘監督の映画は初期の頃、見ていました。最近見てなかったので、どんなかな?って軽い気持ちです。

 

モラトリアムとは?

タイトルにある「モラトリアム」とは?どんな意味なんでしょうか?
私の乏しい知識では猶予期間という意味だったと思ってました。せっかくなのでWikipediaで調べてみます。

モラトリアムmoratorium)とは、以下のような意味を持つ。語源ラテン語"mora"「遅延」、"morari"「遅延する」である。

<中略>

学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態を指す。心理学者エリク・H・エリクソンによって心理学に導入された概念で、本来は、大人になるために必要で、社会的にも認められた猶予期間を指す。日本では、小此木啓吾の『モラトリアム人間の時代』(1978年(昭和53年))等の影響で、社会的に認められた期間を徒過したにもかかわらず猶予を求める状態を指して否定的意味で用いられることが多い。

引用:Wikipedia 

なるほど「一人前の人間になるまでの猶予期間」ですか。
ちゃんと定義されているんですね。適当にマスコミが付けたのかと思ってました。

 

前田敦子 出演作

 AKB48を卒業してからの彼女の活動には人並みに興味がありました。それは単純に人気グループから抜けてどうするんだろう?というものです。ゴールデンのTVドラマとか大作の映画に出演するのだろうなーと予想していたので、この映画に出演しているのは意外でした。この映画がどの程度の予算なのかは判りませんが、かなり安いミニシアター系の部類だと思われます。
そんな本作の前田敦子の芝居はどうか?というと、至って普通です。
というか、彼女の演じるタマ子の感情がまったく伝わってこない。確かに「何がしたいかわからない」という役ではありますが、それと感情が伝わらないの事は意味が違う気がします。
「人生を迷走している人」や「何もする気力がない人」は客観的に見れば「何がしたいの?」って思うかもしれないですが、当事者としては喜怒哀楽をちゃんともっていると思います。そういう部分が決定的に欠けていました。

 

 山下敦弘監督

山下敦弘監督は大阪芸術大学出身の映画監督です。この大阪芸大からは多くの映画監督が生まれています。有名どころでは「舟を編む」の石井裕也監督がそうです。私はこの山下監督の初期作品が好きでした。シュールな世界観の中にある笑える要素が好きでした。ただいつの頃からか離れていってしまいました。映画の規模が大きくなるにつれてその魅力が小さくなっていくような印象がありました。

主な作品をまとめてみました。

ばかのハコ船」や「リアリズムの宿」はおススメです。

私は「天然コケッコー」を見て以降は山下監督作品からは遠ざかっていました。これを機会に見てみようと思ってます。

 

映画の感想

最初にも書きましたが前田敦子が好きなら見てもいいんじゃないかなと思います。
ではそうじゃない人は、どうなのか?というと、見てもつまらないでしょう。
終始ダラダラやっている前田敦子が映っているだけです。
季節の移り変わりやちょっとしたエピソードはありますが、基本的に単発で終わります。個人的にはニートを演じた前田敦子が見たかったです。
しかし、これは前田敦子ニート風の生活をしているだけです。
私はニートでもないし、そういう経験をした事がないです。
でもきっとニートならではの感情は大いにあるはずです。そういった描写がなかったので残念な映画になってしまっています。

 ちなみに前田敦子星野源が好きならエンディングはおすすめです。

 

 

では、またどこかで。